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患者さんの声を医療のど真ん中へ——カケハシが考えるPROの可能性と日本版Value Based Healthcareへの道のり

初めまして、カケハシの竹部です。

先日、私たちカケハシの新たな取り組み「Patient Engagement プロジェクト」についてnoteでご紹介しましたが、ご覧いただけましたでしょうか?

そのPatient Engagementの具体的なアクションの一つであり、私がメインで担当しているのが「“患者さんの声”の見える化と活用推進」の取り組みです。

患者さんの声——臨床におけるアウトカムとしての患者さんの声のことを、医療の世界では Patient Reported Outcome(PRO)と言います。今回は、このPROやリアルワールドデータ(RWD)を通じてどのような医療体験を実現したいきたいと考えているのか、カケハシの描く世界と思いについてお伝えしたいと思います。

(医療に携わっておられる方に限らずより多くの方に知っていただきたいのですが、どうしても専門的な内容にならざるをえないテーマでもあり……なんとかまとめてみます!)



プロフィール

竹部 亨 / Tohru Takebe
学生時代に有機合成化学・天然物合成化学を専攻し、2006年、製薬企業のメディシナルケミストとしてキャリアをスタート。8年にわたり新薬の研究開発に従事した後、研究開発企画、医療経済研究機構への出向、渉外・業界活動、経営企画での中期経営計画の策定、社長政策担当秘書など幅広い業務を経験する。その後、日本IBMのライフサイエンス向けコンサルタント、製薬企業の研究企画などを経て、2023年3月にカケハシに参画。


なぜ私たちは、医療の前で自分の声をあげられないのか?

なんとなく医師の前では緊張してしまう。気になる症状や伝えたいことがあるが、忙しそうな姿を見ると時間をとって良いのかわからない。誰しもがそんな経験をしたことがあるのではないでしょうか。

日本製薬工業協会の実施した意識調査(製薬協 2022年 「第16回くすりと製薬産業に関する生活者意識調査」報告書)では、「副作用と思われる症状を経験した時、医師と薬剤師のどちらにも相談しなかった」と答えた方が33%、3人に1人は相談をしていないのです。

治療方針、症状、服薬しているお薬、副作用、健康に関する困りごと、医療従事者に相談をしたいと思っても、なかなか声に出すことができない。患者さんの声が十分に医療提供者に届けられていない、そんな現実があるように感じます。

他のサービスでは考えられないことですよね。服も家電もクルマも食事も、自分の好みや状況に応じて自ら選ぶのが一般的です。しかしこと医療に限っては、自ら選択したり相談しながら選んでいったりする感覚が、患者さんにとって当然のこととは言えません。

WHOは『People-centred health care : a policy framework』(2013年12月2日)と題されたドキュメントにおいて、「医療制度や医療サービスは、過度に生物学的志向になり、疾病に焦点を当て、テクノロジー主導で、医師有意になっている」「医療システムそのものを含め、医療にバランスを取り戻す必要がある」と提起しています。

医療というものが私たちから離れた存在に感じられ、積極的に関わるのが難しく感じられる理由を探る上で重要なヒントがここにあるような気がします。

科学技術の進歩により高度化が進んだ医療において、患者となりうる私たち自身の感覚や気持ちや声を、どのように反映させていくべきなのか。その一つの可能性にあげられるのが「PRO」です。

PROとは、科学的に有用性が示された「患者さんの声」

まずはPROというものについて、少し詳しくご紹介することから始めたいと思います。

米国食品医薬品局(Food and Drug Administration: FDA)が実際にPROを用いる際のガイダンスを紐解いてみると、

PROとは、臨床家その他の誰の解釈も介さず、患者から直接得られた、患者の健康状態に関するあらゆる報告である

と定義づけられています。
要するに、患者さん自身が報告する臨床アウトカム(臨床上の結果)です。

診察の際に口頭でドクターに報告される内容はもちろん、さまざま場面、さまざまな形式のPROが存在します。

例えば、カケハシが薬局向けに提供している患者フォローシステム「Pocket Musubi」では、患者さん一人ひとりの服薬状況にあわせて簡単な4つの質問が週1回LINEで通知され、患者さんの回答が薬局に届きます。

その回答をいつもの薬剤師さんが確認することで、患者さんの感じる症状、適正使用や副作用に関して見守ることができる、というシステムです。

この“患者さんの回答”も、質問に答える形で患者さん自ら報告するものですので、広義のPROと解釈できると思います。患者さんの日常の状態が継続的に記録されたデータという意味で、PHR(Personal Health Record:個人の健康・医療・介護に関する総合的な記録)としてのPROという言い方もできるかもしれません。

一方、PROには「バリデーション」というプロセスが存在します。患者さんによる報告を、臨床でのアウトカムとして信頼できるものとするために、評価項目や質問内容、結果の重み付けなどを専門的に検証するのです。

このバリデーションされたPROには、医療をさらに前へと進める大きな可能性が秘められています。

具体的には、治験の評価項目や臨床研究の評価項目としての活用。またお薬を服用した患者さんのPROを取得すれば、医薬品の有効性や安全性、さらには患者さん自身の健康関連QOL(疾患や治療が患者さんの主観的な健康感覚や、仕事や日常生活への影響を定量化したもの)の変化を測ることも可能です。

血糖値など患者さん自身が実感しにくい評価項目(代替指標と言われます)とは異なり、患者さん自らの感覚・自らの声に科学的な裏付けがなされているという、いわば医療を評価するための”真の到達指標”の一つと捉えることもできると思います。

現在の医療は、科学の進歩とともに高度化してきました。少々専門的な言い方になってしまいますが、Evidence Based Medicine(EBM)と呼ばれる科学に立脚した医療では、まず一定の手順に基づいて治験が行なわれます。

さらに、この治験の結果や臨床現場でのベストプラクティスに則ってガイドラインが作成され、高いレベルで標準化された医療が提供されます。これが従来から重視されている医療のコンセプトです。

その一方で、Patient Centered Care(PCC)と呼ばれる、患者さんを中心とした医療のあり方も提唱されるようになっています。患者さん一人ひとりの嗜好、ニーズ、価値観を尊重し、それに応えるケアの提供、患者さんの声を尊重した意思決定を目指す医療です。

この二つは「標準化」と「カスタマイズ」という相反する傾向を少なからず持っており、学術論文の世界でも議論されているところですが(※)、PROは両方の特性を備えた貴重な科学的根拠であり、学術的・臨床的にも非常に大きな価値をもつものだと確信しています。

※ Health Care Manage Rev. 2021;46:174–84.

カケハシが考える「薬局」起点の新たなPROの可能性

さて、ここまではPROというものの可能性についてご紹介してきました。

ここからは、カケハシが思い描くPROの活用についてまとめてみます。一つのポイントになるのは、全国にコンビニより多いと言われる「調剤薬局」です。

カケハシが薬局向けに提供している患者フォローシステム「Pocket Musubi」でも、質問に対する“患者さんの回答”という広義のPROが薬局に蓄積されている、というのは前述の通りです。

そしてなにより薬局には、薬剤師さんによる患者さんへのヒアリングを通じて得られた症状や服薬に関する生の情報が「薬歴(薬剤服用歴)」という形で記録されています。

薬歴
薬剤師による調剤や服薬指導、また患者さんに関する基礎情報や体質、疾患などについて記録されたもの。薬局には薬歴の記録が義務づけられています。

この薬歴こそ、患者さんの生の情報が記されたリアルワールドデータとして活用されるべきものだと、私たちは考えています。

そしてそれをベースに、カケハシのプロダクト群を通じて得られる患者さんの声(PRO)を組み合わせることで、これまでにないリアルワールドエビデンスを生み出すことができるのではないか、そう考えているのです。

すでにお伝えしたとおり、患者さん自らの実感が反映されたPROには、「治療の効果実感」や「治療に対する満足度」「医療体験の価値」を測定する真の評価基準としての可能性があります。それだけに、世の中に出た新薬の効果を評価すること(医療・医薬の世界ではイノベーションの評価と言われます)にも活用できるはずです。

大学の先生や医師などさまざまな方々と協働し、臨床研究やリアルワールドエビデンスの創出を積み重ねることで、日本の医療にイノベーション評価の新たなプラットフォームを構築していきたい——。それが私たちカケハシの思い描いているイメージであり、少しずつ実現に向けた準備に取り掛かっています。

その一つとして、プロジェクトに携わる社内のメンバーも充実してきました。カケハシがもともと強みとしている薬剤師チーム、データサイエンティスト、製薬企業やライフサイエンス関連企業で経験を積んだメンバー……さらに最近では新たに医師や論文執筆の専門家もチームの一員に! 

また、これらメンバーそれぞれがもつネットワークから、社外の専門家との協力関係も生まれています。実際にアカデミアに所属する先生方との研究活動を推進しており、来年の春から夏ごろには成果をご紹介できるように、というのを一つの目標にしています。

日本の医療体験を、しなやかに。そのカギは「患者さんの声」にある

今回の記事はあくまでビジョンをお伝えするものとして、「じゃあ、なんでそれがカケハシにできるのか?」「どうやって実現するのか?」など、より具体の話題については別の機会に譲ることにします。ですが一言だけ添えると、私はこれが「カケハシだからこそのプロジェクト」だと確信しています。

もともと私は製薬企業の創薬研究員としてキャリアをスタートし、当初は新薬を世に送り出すことだけを考えていました。一方で、医療経済や医療政策に触れる機会を得たり、子どもが生まれて日本の医療全体や社会の未来に関心が向いたりする中で、わたしの医療に対する意識も、“治療”から”健康”、”健康”から”持続可能な医療”へと変化していきました。「我が子が歳を重ねて人生を全うするまで、日本の医療は維持できるのか?」そんなことを考えるようになったのです。

持続可能な医療ってなんだろう?もっと言えば、持続可能な医療のために自分ができることは何だろう?どうすれば貢献できるのだろうと考えながら、あっという間に7年が過ぎた2022年の年末にカケハシに出会いました。

「カケハシならば、手触り感をもち、患者さんや医療者と近い距離で持続可能な医療に貢献できる!」

「患者さんはもちろん、医療従事者や医療に関わるあらゆる人たちの医療体験をしなやかにすることが、持続可能な医療に必要なことだ!」

そう共感して、カケハシに飛び込んだのです。

医療を支えるデジタルサービスを展開しながら、患者さんと薬剤師さんとの“リアルな接点”が生まれる薬局という場所のさらなる価値向上を目指しているところに、カケハシのユニークさがあると思っています。

より具体的な取り組みや構想に興味をお持ちになった方は、ぜひ直接お話ししましょう!さらなる仲間の参画も私たちはいつでも待っています。もちろん「ちょっと話を聞いてみる」感覚で結構です。こちらからお気軽にお声がけください!


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